ひろめ市場から帰ってきて5日後に、抗がん剤点滴治療と温熱療法を受けました。長旅の疲れがまだ残っている状態だったので心配もありましたが、無事終了できてほっとしています。
抗がん剤点滴治療は準備と合わせて約2時間、温熱療法の約1時間、どちらも時間がかかります。私はその間、外で待つことになります。自宅に帰って再度迎えに来ることもできますが、治療中のまさかの急変に備えて待機することも家族の役割だと思っています。
待ち時間にシオカラトンボと赤とんぼ発見
今回は待っている間、大学病院に隣接する大きな池の周りを散策しました。一周約900m、ゆっくり歩いて15分程度です。治療中の夫に急変があったとしてもすぐに駆け付けることもできるので、このような場所はとても有難いです。
この池の周りは綺麗に整備され、景色も美しく心も華やぎます。散策は待つ間のささやかな楽しみの時間でもあります。
今回、シオカラトンボと赤とんぼを写真に収めることができました。
私が子供のころは、育ったところが田舎だったこともあり、たくさんのトンボが飛んでいたものです。近頃はめっきりトンボを見ることがないので、トンボを見つけた時は興奮してしまいました。素早く飛びまわるトンボが、柵の上にじっとしていたところを撮ることができ、とてもラッキーです。
また、きれいな花も心を和ませてくれます。
治療が終わってから、夫にトンボの写真を披露しながら話をすると、「良く撮れたね。」と喜んでくれました。
夫は長時間待たせていることを気にしてくれます。きつい治療を受けている夫に気を使わせないようにしたいと思いつつも、夫の気遣いは正直嬉しいものです。
人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。
次の写真は、大学病院の壁にある大きな鏡です。上の方を飛んでいる鳥も鏡になっています。鳥が羽ばたく様子と子馬が草を食べているデザインに心が和みます。オレンジ色の服を着て写真を撮っている私の姿も鏡に映っています。
この写真を撮りながら心に浮かんだ聖句があります。
人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。
マタイ 7:13
樋野興夫先生の言葉の処方箋に、次の言葉があります。(先生の著書「いい覚悟で生きる」から)
「余計なお節介よりも 偉大なるお節介」
一生懸命、尽くして慰めているつもりが、自分の気持ちを押しつけているのは余計なお節介にすぎません。
この関連する二つの言葉の意味について考えさせられます。
「人にしてもらいたいこと」が必ずしも「相手がしてほしいこと」と一致せず、かえって「余計なお節介」になるかもしれません。
自分の気持ちで接するのではなく、「相手の必要としていること」をしてあげることが「偉大なるお節介」であり、大切なことだと思います。それが聖書でいう「人にしてもらいたいこと」に通じるのではないでしょうか。
これは、簡単なようで簡単ではありません。大きな挑戦でもあります。
夫の闘病生活を伴走しながら、いつも心がけていきたいことです。
樋野興夫先生の言葉の処方箋
「余計なお節介よりも 偉大なるお節介」
この章の最後にこう書かれています。
がん患者さんと家族、どちらにしても長い道のりになることがほとんどです。 ~途中省略~ お互いの弱さや足りなさを補い合うことで人間として大きく成長していきます。
がん患者は存在自体が、偉大なるお節介の種になると私は思うのです。
「がん患者は存在自体が、偉大なるお節介の種」たしかに、直腸がんの夫を伴走していると腑に落ちます。
夫が直腸がんに罹患してから、私自身も考え方や行動範囲が変わってきているように思います。夫にとっての最善とは何か、私ができる事は何かを考え行動するようになっています。
夫と共に人間として成長できるように、祈りながら日々の歩みを見つめ直していきたいと思います。
次回に続きます。