このところ、夫の体調が良く、ゆったりとした時間が過ぎていきます。こんな時もあるのだと感謝の気持ちで一杯です。
体力の衰えたがん患者にとっての移動
体力的にどうかな? と思いましたが、徒歩と地下鉄を利用するのも良い刺激になると思い、先日夫婦で出かけました。目的地は、市内で行われたがん哲学外来カフェです。
無事にたどり着き、自宅に戻ってくることができて、ホッとしています。今回の徒歩と地下鉄の移動は、体力の衰えたがん患者の夫にとっては、きつかったように思いました。
グーグルマップでは、目的地まで自宅から徒歩550m⇒地下鉄24分⇒徒歩600m 合計40分とあり、これなら大丈夫と思っていました。ところが、歩くのに時間がかかり、1時間以上かかっています。
階段を下りる時、思ったように足がスムーズに動かず、バランスを崩して倒れてしまうこともありました。一緒に歩く私も、介助者として、階段の手すり側に夫を歩かせるべきだったと反省しています。
次回、徒歩と地下鉄を利用する場合は、エスカレーターやエレベーターの位置を確認しておこうと思います。
帰りの地下鉄乗車で、嬉しかったこと
帰りは、地下鉄が込み合い優先席も一杯だったので、立って乗ることになりました。しっかり手を握りあう私たちは、仲の良いシニアカップルに見えたかもしれません。ふらつく私たちを見て、席を譲ってくださる親切な方がいました。
席を譲っていただいたのは、初めての経験です。「ありがとうございます!」とお礼を言って座らせていただきました。嬉しかったような恥ずかしかったような、両方入り混じった気持ちです。
夫は、立っていることが体力的に辛かったので、席を譲っていただいて本当に助かりました。人の親切が身に沁みた久しぶりの地下鉄乗車です。
初めてのがん哲学外来カフェに参加して
夫は、私たちの金城カフェ以外では初めてのカフェ参加です。このところ体調が良いこともあり、どんなカフェなのかを体験したいということでした。
がん患者でもある医師として、どのように話の輪に加わったら良いかを、深く考え学んだ貴重な時間だったようです。
帰宅してから、「樋野先生のように「暇げな風貌」で皆さんのお話を聞くのが必要だね。」と言い出したのには驚きました。これからが楽しみです。
今は嵐の毎日でも、いつか必ず凪の時が来る
腫瘍マーカーの値が、3/1に28.8あったのが、治療で4/24には3.1に激減しています。痛みの緩和はその数字に表れています。
夫は、がんに罹患して、かえってがんのことが直接自分自身で体感できるので良かったと言います。まったく恐れや不安はないと言い切ります。また、自分の体で実験しているようだとも表現します。これは、悪性リンパ腫を長年研究してきた科学者の体験に基づくものかと思いつつ、その気持ちは私には理解できないと思っていました。
樋野先生の新刊「もしも突然、がんを告知されたとしたら。」を読んでいます。
夫の「痛みの緩和」と、夫の言う「自分の体で体感・実験」という意味が、ストンと腑に落ちる個所がありした。
タイトル:「今は嵐の毎日でも、いつか必ず凪の時が来る」p.71
~途中省略~
「今は辛いかもしれないが、必ず凪の日が来るから、自暴自棄を起こしてはいけない」p.78
私がそう語りかけた本当の相手は、藤崎さんの体の中のがん細胞だったのです。
がん細胞が自暴自棄にならなければ、人体にさほどの害を与えることなく、自らも長生きして、天寿を全うすることができます。
逆に、がん細胞がやけを起こせば、全身に転移して人体を殺してしまい、がん細胞自身も短命に終わります。そうならないようにと、私は語りかけていたのでした。
2月の末、眠れないほどの強い痛みを感じてから、怒涛の治療を受け、今は驚くほど体調が良くなっています。夫は、この治療で体の中の変化を感じており、がん細胞が封じ込められていて、自分の体に合っている治療を受けていると言います。
痛みを「体の中のがん細胞」「嵐」とすれば、今は「凪」です。
「自分の体で体感・実験」とは、樋野先生のようにがん細胞を俯瞰的に見ていると同じことなのかなと思います。
次回に続きます。