10歳のマリアのブログ

~~直腸がんで抗がん剤治療中の夫に寄り添う妻の気づき~~

専属秘書&ホームヘルパーの経験 ~10歳のマリアのつぶやきno.14~

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以前経験したことで、夫との闘病生活に役立っていると思えるものが二つあります。一つ目は、夫の勤めていた研究所で秘書を15年間勤めたこと、二つ目は、ホームヘルパーとして勤めたことです。

ホームヘルパーの資格取得は、「将来、僕の介護が必要になった時のために取っておいたら。」と冗談のように夫から勧められたのがきっかけです。まさかこんなに早く現実のものとなるとは思ってもいませんでした。

秘書の仕事

夫の秘書を始めたのは、2000年のことでした。最初は送迎だけのつもりが、ちょっとした書類を任されるようになり、だんだんといろいろな業務が増えていきました。結果として15年間も研究所に関わることになり、多くのことを学びました。

本格的に秘書の仕事を始めた2006年、上司の夫の勧めもあり秘書検定を受けました。お辞儀の仕方、書類の整え方など、一般常識のわりにあまり知らないことも多く、自分の不勉強を嘆きつつ、家事と秘書業務の間にせっせと勉強した結果、準1級まで取得しました。ずいぶん前のことですが、検定にチャレンジしてみてとても勉強になりました。

秘書の役割を一口で表すと、「上司が業務に専念できるよう、さまざまな調整やサポートを行う仕事。」になります。常に上司の仕事が最優先です。当時、ピリピリした緊張感の中で仕事をこなさなければならない時もありました。

私が秘書をしていた最後の10年間は、夫は立場上、研究所の存続をめぐっての外部との交渉の矢面に立たされていた時期でした。そのため本来の研究の仕事に集中できないこともあり、精神的にも大変だったと思います。

当時、夫は帰宅してからも夜遅くまでパソコンに向かって仕事をしていました。私も職場の延長で、自宅でも夫の秘書の仕事をしていたと思います。それに加えて、職場と自宅の車での送迎、その他の家事や雑用もほとんど私の担当、まるで24時間体制の専属秘書でした。

そんなわけで、上司でもあった夫が一年に数回の長期出張に出かけているときは、貴重な休息の時間でした。Stanley J Korsmeyer博士のお見舞いを兼ねての共同研究の海外出張の時も、留守を預かる私にとってホッと気の抜けるリラックスできる時間でした。

エッセイ集の記事をまとめるまで、あの出張中の夫の気持ちをよく理解していなかった事に、複雑な思いが沸き上がります。

現在でも夫を最優先に考えることは、全く変わっていません。夫の専属秘書は今でも続いています。

夫が、「献身的に世話をしていることに、どうお礼を言ったらよいのかわからないくらいだ。」と、いつも言ってくれます。とても有難いことです。現役で仕事をしている時には言われたことがないように思います。それだけ、緊張感やストレスの中にいたのだと思います。

心身共に鍛えられたホームヘルパーの仕事

夫が現役の仕事を退職した後は、群馬県高崎市に引っ越し、IBL免疫生物研究所で基礎研究を継続する場が与えられました。私も新しい仕事を探したところ、すでに取得していたホームヘルパー2級の資格を活かし、介護職に就くことができました。このときは主にグループホームの勤務と訪問介護を体験しました。

仕事の内容は入浴介助とトイレ介助、料理等の家事援助です。これらの介助はまさに今現在、活かされていると思います。

訪問介護では、1年間で60箇所以上のご家庭を訪問させていただきました。その中で、今でも忘れられないご家庭があります。

ある高齢者のご夫妻を訪問して脱衣所を掃除したところ、かなり劣化したぼろぼろのゴム手袋を見つけました。どんなものでも利用者さんの許可なくして処分することはできないルールがあります。そこで、利用者さんに、ゴミとして処理しても良いかどうかお尋ねしたところ、烈火のごとく叱責が始まりました。

「あなたがもちこんだ、あなたのせいだ! でなければここにそんな汚いゴム手袋があるわけがない!」と、どんどん口調が険しくなっていきました。私は、激しい叱責を受け、驚きと戸惑いで体が震えました。

雇用主の事業所の責任者に助けを求めたところ、他のヘルパーさんにも度々あったとのことでした。認知症も入っていて、自分の感情をコントロールできない状況だったのだと理解できました。責任者の方がその後対応してくださり、あの激昂していた利用者さんとは思えないくらい穏やかになり、私に謝ってくださったのです。その時は、戸惑いの方が先に立ち、利用者さんの苦悩に寄り添うことは難しかったように思います。

夫は次の福岡県への引っ越しがちょうど決まり、高崎での生活もわずかとなったため、その利用者さんを再度訪問介護することなく終わってしまいました。とても得難い体験だったと言えます。

たゆまず善を行いましょう

「たゆまず善を行いましょう。飽きずに励んでいれば、時が来て、実を刈り取ることになります。」(ガラテヤ6:9)

人とのかかわりの中に、時には理不尽とも思えるようなことに出会います。ですが、それも受け止めて、「たゆまず善を行いましょう」と主が教えてくださいます。

怒りや恐れを主に預けることが最善なのかなと思えるのです。

言うのは簡単ですが、私自身それができるようにと祈り求めていきたいと思います。